2018年11月15日

12冊め

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仕事を始めてから12冊めのスケジュール帳。年々価格の安いものを購入することになってきています。年齢早見表や地下鉄路線図なども当然ありません。外観もノートそのものです。いろいろな情報はネットから得られますし、予定管理も画面上で可能なのですがそれでもスケジュール帳は手放せないものがあります。ほとんど他人には読めないだろう文字とアイデアのようなものをでぐちゃぐちゃと書き込むのに都合が良いからです。年齢との関係は分かりませんが、ふと思いついたことは後で思い出せないことが多いものです。何かに記しておきたいということと、堂々巡りしてしまう思考を防ぐことにもなります。残念なことはアイデアを考えていた時給はほとんど請求できないのがこの仕事の宿命だということです。
posted by 代表 at 18:15| 日常

2018年11月07日

今の空気

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今年もイチョウ並木が見頃です。木は葉っぱを落とすことで身を縮め生き延び、葉っぱは未来を託して生涯を終えるということです。間違いなく今の私は葉っぱに感情移入してしまうのですが、擬人化するなかで木と葉はお互いを思いやるのか、憎みあいながらなのかはどちらとも言えてしまいます。今は相手を非難する方がなにやら自分を納得させることができると考える人が少なくないということでしょうか?木と葉を取り巻く世間の今の空気は危なっかしいい気がします。
posted by 代表 at 12:06| 日常

2018年10月21日

焼き芋屋

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年と共に昔を語ることが多くなるのは致し方ないのですが、寒くなってくると思い出すのが近くの商店街の端っこの三叉路にあった焼き芋屋さん。おばあちゃんが藁を燃やした大きな土窯に輪切りにしたお芋を沢山並べて新聞紙でできた袋に入れて売っていました。大きめの木の蓋を開けて箸をさし、頃合いが良ければサッと塩を降って出来上がり。その瞬間をそんなに広くない土間に並んだ子供たちが待っていました。当時の焼き芋の味は思い出でしかありませんが、なによりも子供のこ遣いで買えた感覚が残っていて、いま売っている焼き芋に手が出ない理由になっています。あの作り方を他で見たことが無いので、どこかの道の駅で復活してくれないかなと望んでいます。
posted by 代表 at 17:47| 日常

2018年10月14日

気分

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育った環境がその人の嗜好に一番影響するのだろうとは思いますが、自分でもどうしてか分からないことはよくありますから他人についてはなおさらです。仕事上デザインに関しても「何か違う気分」と感覚寄りで答えらてしまうと折り合いがつかなくなってしまうことがあります。いつもはシンプルな時計を着けていても派手なものを選びたい気分になることは確かにありますから「話が違う」とは言えないのが辛いところです。
posted by 代表 at 17:03| 時計の話

2018年10月10日

手で書く

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書けそうもない難しい漢字を覚えようと思っていたのに、パソコン使用でごまかされていましたが実は良く使う一般的な漢字が書けなくなっていることに気が付きここで路線変更。実際に手を動かして書くことにしました。どこまで続けられるか自信はないのですが、まあ少しづつ始めてみましょうと子供が使っていた問題集を見つけてきました。
posted by 代表 at 15:54| 日常

2018年10月01日

目線

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あの暑さが和らいだところで、近所の田んぼではもう稲刈りが半分ほど終わりました。刈り取ったあとの藁がそこそこにまとめられています。意図して並べられていないところにバランスの妙があるなどと言ってみたりしましたが、何言ってるんだと定年後稲づくりを始めた知人に怒られそうな気がしています。なにやら他人行儀な美意識を振りかざすのは余計なお世話に違いありません。
posted by 代表 at 18:45| 日常

2018年09月24日

柱時計

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毎年開催される「諏訪湖まちじゅう芸術祭」のイベントで柱時計の展示即売がありまして、ポスターを頼まれ作成しました。台数も限られていたのでアッという間に完売してしまいました。どんな方がどんな理由で購入されたかわかりませんが、暮らしの中に取り込んでほしいものです。日本家屋では掛時計というより柱時計の呼び名がピッタリします。エアコンなどが無かった風の通り抜ける家ではどこにいても時を打つ音が聞こえたものです。踏み台を用意し、鍵を巻くことを任されるのは大事な仕事でした。
posted by 代表 at 16:10| 時計の話

2018年09月18日

図形

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仕事がら視覚化することは重要なことと認識してはいたのですが、日本の歴史をグラフ化したものを改めてみると縄文時代の圧倒的長さにびっくりします。昨今の縄文への関心の深さの根源はこんなところにもあるような気がします。それと同時にあまり縄文に触れなかったどこか統制されたような歴史観がまかり通っていたことにも怖さを感じます。そこでついでに自分の歩んできた年表を描いてみようとしましたが、違う意味でちょっと怖くなってあわてて止めました。
posted by 代表 at 13:43| 日常

2018年09月04日

寝る前

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いつも夜に寝る場所からテレビを無くしたので、ポケッとすることができなくなり、それではと昔読んだ文庫本を持ち出してきています。長編を読む体力が無くなっていることもありますが、寝る前に読むのでどこまで進んだかが分からなくなることが多いので短編集になります。最近は「小説より奇なり」を地で行くことを目や耳にするせいでしょうか、本を読むことをしなくなっています。しかし現実の出来事はどう理解して良いかわからないことだらけなので、読むジャンルは何らかの結末がある推理小説になってしまいます。
posted by 代表 at 16:13| 日常

2018年08月22日

八月

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敬愛する兄を戦地で亡くした母は戦争を酷く嫌悪していました。父はほとんどその時代の話をしませんでした。子供に話すようなことも無かったことは確かです。輸送船に乗っていて沈められ海を漂ったことぐらいでした。私も辛い記憶は話すことはできるだけ避けますから、もっと過酷であった時代のことを話さないのは当然のことと思っていました。それでもたった一度、汽車にのって入隊地に向かっていた時、周りの女性が降りる際に彼女らの襟巻を首に巻いてくれたとちょっと嬉しそうに話したことがありました。ほんの少し救われた気がしたものです。
posted by 代表 at 15:44| 日常