2021年05月29日

5(ファイブ)が欲しかった頃

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国内市場に於いて商品の終焉に係わっていたので、「ファイブ」についての展示をためらっていたのですが、やはり「世界のセイコー」というまでになった功労者である「ファイブ」について振り返ることにしました。今までの展示に比べると、携わっていた人達も諏訪地方には多く居られるので、資料の精度も上げたいということもあります。今でも腕時計は塩尻で高級品中心に製造されていますが、地域の基礎産業としての時計作りを感じることはなくなってしまいました。「時計を作っていたんですか?」と言われるだけで終わらないようにしなければと思っています。
posted by 代表 at 17:07| 日常

2021年05月19日

知新は難しい

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30年ほど前に古いラジオを参考に作成した時計のダイヤルデザイン。その元はそこから50年以上前の戦前資料でした。ウェブのオークションサイトにモデルが載っていたのですが、本当に安い値付けなのに誰も買ってくれそうもないので入札してしまいました。30年間どこを流浪していたのかわかりませんが、そんなに傷んでいないのもむしろ寂しい気にさせてくれます。まだ問題なく動くので傍に置いておきます。アラビア数字もローマ数字も昭和初期の頃のバリエーションには驚かされます。温故知新となれば良かったのですが、ほとんどそのままなので黙っていますが知新はとても難しいのです。
posted by 代表 at 19:07| 時計の話

2021年05月13日

孤軍奮闘好き

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いつの頃からか、私はどうも一緒に多勢で応援したり行動するということが苦手になってしまい、スポーツ観戦とか、大型レジャー施設から距離を置いてしまうようになってしまっています。面白くない人間かなと思いますが、ただ頑張る人を応援するという気持ちは有ります。とくに異国情緒に馴染めない劣等感だらけの内弁慶である私とすれば判官贔屓の傾向も強いので外国勢の中で立ち向かう人の姿には感動してしまいます。前回の東京五輪大会は学業の成績が急降下するほど夢中で見たものですが、今は海外の大会で孤軍奮闘する人達を密かに応援するという場面を体感したいのが実情です。
posted by 代表 at 17:48| 日常

2021年05月10日

パンクの謎

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世の中が連休だったので、県外ナンバーの多くの車を避けて、自転車で諏訪湖周辺を徘徊しました。私の高校時代も自転車通学でしたが、3年間でパンクは2回は無かったと記憶しています。ところが我が家の高校生は当時5回以上はパンクしていました。今回自転車で走ってみて、車を避けてコンクリートやアスファルト、側溝蓋の上を通過するには、案外固いものの角を越していかなければならないことに気が付きました。ショックアブソーバーたるおしりもかなり痛くなりました。これはたしかに細い自転車をパンクさせるには十分の衝撃を与えるはずです。砂利道もまだかなりあった私の高校時代に比べれば、道も整備されているはずでしたが思いの外危険な行程です。パンクの多い理由はわかりましたが、お偉方も自転車通勤をしなければこの危なさは気が付かないと思います。
posted by 代表 at 19:27| 日常

2021年05月02日

表紙

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古い時計の宣伝ページを探していると良く目にする男性向け週刊誌の表紙。本当に長い間表紙を飾ってい作者の絵です。現在の週刊誌事情を考えれば、この絵が表紙に選ばれるかは疑問の残るところです。扱う記事内容がそんなに変わっていない気もしますが、ただただこの絵を使い続けたことが、出版社のある矜持を感じてしまうのは思い過ごしでしょうか?活字業界の存在が難しくなっている中で、そんな気持ちなど大きなお世話でしかないと思いますが、活字文化で育った世代としては寂しい気分になります。
posted by 代表 at 17:16| 本・雑誌