2022年08月20日

誰ぞ常ならむ

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素早く反応し答えを導き出すのは、どちらかといえば求められる能力であることが多いのですが、長い目で見るとその答えが正しくなかったということも多々あります。クオーツ腕時計が世界を席巻していた当時は「日本式」が称賛されていましたが、今はなにやら世界から取り残されたような言われ方をされています。コロナ禍の対応にしても、日本人の清潔さなどが取り沙汰され民族の優秀性を言葉にする政治家もいましたが、統計の取り方が公平でないことがあったとしても、最近の感染者数が世界一になったことをどのようにみているのでしょうか?しかし地球の歴史に比べれば、人ひとりの時間の長さはアッという間です。いつも何かを決めていかなければならないことも確かですから、間違いを認めることに何の問題も無いのですが、まるで無かったことのように記憶にございませんと言い放つのはとても腹が立つし悲しい。
posted by 代表 at 13:46| 日常