2022年11月10日

インスパイア?

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工業製品のデザインのオリジナルを辿ることは難しいものです。微妙なバランスの違いで人の意見は分かれてしまいます。意匠の権利を登録したり、争いの是非は最終的には担当者役人の判断に委ねられることになります。たぶんこうした判断もそのうちAIが担当することになるのでしょう。古い雑誌などで、これを参考にしたのではないかなと似た商品を見つけたりするとちょっと「ニヤニヤ」してしまいます。このモデルも最近国内で復刻された著名モデルの大元だと推測しますが、50年以上昔のことですので問題は無いでしょう。ですがいつの頃からかこうした事例にあたって、「インスパイアされた」という英語で胡麻化されてしまうことがあるのは不満です。
posted by 代表 at 17:10| 時計の話

2022年10月16日

修理したい

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古い時計でもガラスを換えるだけで、ぐっと見映えがします。スッキリ文字盤が見えることは気分もスッキリします。それに古い時計ほど自分でできることが多いのです。やっかいなことに時代とともに素人の手には負えなくなってきます。それは買手側の様々な要求に応えてきた結果ですので仕方のないところです。例えば防水性や強度などです。それでも細かなことに気を使って、多少の不便も気にしなければ自分で直せる楽しみをもっと残せたのにと思います。不具合が出たときに「便利は不便」と思うことは身勝手な言い分ですか?
posted by 代表 at 14:17| 時計の話

2022年08月26日

裏書

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掛時計は広めの空間が必要になるので、小振りな置き時計を集めた時期がありました。その頃の時計には「〜記念」と書かれていることが多いのです。この時計にも「小諸銀行」と入っています。小諸銀行は不況の中、昭和3年に多くの銀行と合併し県下最大の「信濃銀行」となりましたが3年ほどで整理されてしまいました。昭和初期の金融不況の深刻さを物語っています。昭和初期の精工舎カタログにこの時計が載っていますので、解散記念だったのではと推測できます。この裏書が無ければ、長野県の銀行の歴史を調べることも無かったとは思いますが、ただ数多の置き時計の中からこの山羊のものを選んだ理由はなんでしょう。
posted by 代表 at 17:34| 時計の話

2022年05月25日

古いクオーツ腕時計

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クオーツ腕時計が世に出てから50年以上が経ちました。当時はその脅威の精度で機械式時計の終焉が唱えられました。現在は様々なところで提示される時刻はどれも正確に制御されているものです。ですから単純な電池だけで動いている昔ながらのクオーツ腕時計が、機械式などを除けば世の中で一番ずれているということになります。正確性の象徴であった秒針は、ズレを象徴するものになってしまいました。そのせいか最近は秒針の無いクオーツ腕時計をすることが多くなりました。だいたい時間が分かればと思えばほとんど時刻修正をすることもありません。
posted by 代表 at 13:08| 時計の話

2022年05月18日

手放し方は?

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腕時計は主に男性の趣味の対象であるせいだと思いますが、ちょっと古めの婦人用の腕時計はかわいそうなくらいの価格で手に入れることができます。仕事がら婦人用モデルに携わっていたことがありますので、見捨てられるのが惜しい気がしてつい手を伸ばしてしまいます。時代の経過とともに男女ではなく、仕事がらや、志向で商品が分けられるようになり、あまり小さな腕時計は作られなくなりました。新聞の文字のように読み難さが敬遠されてきたこともあるでしょうし、なにより「〜らしさ」を時計に求められなくなったということでしょう。それにしても、自分で身に着けない小さな時計たちを貯め込んでおくことはもったいないことなので、行く末を考えなくてはならないのが悩みです。
posted by 代表 at 12:25| 時計の話

2022年04月23日

名も無きもの

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時計を売るために、ブランドとは別に他の名称を付けて価格を変えて売り出すことは上等手段ですが、多くの人がまだ腕時計を欲しいと思っていた戦前では想像よりはるかに多くの別名称のモデルが売り出されました。西洋風なもの、和風なもの、有名メーカー風と脈絡なく存在しました。その全容は記録にも残っていないのではっきりしていません。そうして消えていったモデルを思えば人間社会のあらゆる消耗戦の怖さが想像できます。やはりかわいそうな生物の頂点は人間で間違いなさそうです。
posted by 代表 at 18:37| 時計の話

2022年04月09日

四半世紀

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半世紀近く前、中央線で2回ほど結構な山の中を通って初めて諏訪までやってきました。当時はあちこちに時計ブランドの看板が製造会社の屋根の上に掲げられていました。今はそんな風景も変わってしまい、時計の町らしい雰囲気は無くなってしまいました。まだまだそんな雰囲気が残っている中で、25年前に「時計科学館儀象堂」は立ち上がりました。紆余曲折を経ながらも時計工房として存続しています。ちょうど一世代が変わる時間が過ぎ、今後の舵取りが課題ですが、時計に惹かれてしまう心持を信じて記念モデルが作られます。
posted by 代表 at 18:16| 時計の話

2022年03月01日

生き残る

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ムーブメントメーカーから第2次大戦後に満を持してブランドを立ち上げたメーカーです。日本では独自の外装要素の戦略と有力代理店の強力な宣伝投資で、輸入時計の高級ブランドと認知されました。クオーツ化の波の中でも独特なフォルムで健闘したのですが、老舗機械式メーカーの復興の波に埋もれてしまいました。ところが今はスイスの強力な時計グループにブランドは吸収され、新しい展開を見せています。スイスでは有力メーカーの多くが同様の紆余曲折を経ています。ブランドはそのままでも、経営は全く別会社だったりします。そうしたメーカーは老舗ぶりをアピールしてきます。そうした歴史が無いと生き残れないことも確かです。日本メーカーは高度成長期に歴史に興味を示さず、前ばかりをみていましたが最近は老舗ぶりをアピールしています。生き残りをかけている証左でしょうか?。
posted by 代表 at 19:14| 時計の話

2022年02月02日

省くこと

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1960年代は機械式腕時計の精度競争の時代でした。本家スイス勢の威信をかけて高振動モデルが製品化されました。最先端の技術を特徴的とはいえ極シンプルなケースに収め、文字盤も光を抑えたマットなブルーに細めの針と時表示のスッキリした外観のこのモデルは飾り過ぎる高級感へのアンチテーゼの見本のようです。
posted by 代表 at 14:17| 時計の話

2021年12月22日

わかりやすさは大事

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腕時計が趣味性の高いものと考えられるようになってから、購買層の顔が見えなくなり、なにやら複雑な機能がついたりして、一番肝心な見やすさ、軽さへの配慮が後退してしまいました。それに比べて高度成長期の50年前の宣伝コピーはモーレツ社員を鼓舞するものが多いのですが、現代では〇〇ハラスメントと指摘されることになるでしょうが、ストレートな表現が可能なわかりやすい時代でした。
posted by 代表 at 18:18| 時計の話

2021年08月30日

禍福

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私が生まれた頃の腕時計。日本初の手動ではありましたが月も表示するカレンダー。戦後の不況を抜け、一気に高度成長につながっていく幕開けの時代でした。こうした時に発売された華やかさを纏った国産時計でした。しかし戦後の日本を救ったのは、始まった朝鮮戦争だったことは間違いありません。今でもあちこちで無くならない紛争には同じような様相が垣間見えます。事の大小にかかわらず現代はいやでもいろんな情報が入ってきますし、意見を発信できるせいか考え方の相違があちこちで衝突するのを目や耳にします。そんな現状に少々疲れてしまいます。
posted by 代表 at 19:40| 時計の話

2021年08月07日

時計台

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40年近くも前の写真。今は無き精工舎の時計台前での一枚。当時の建物は、時計博物館として整備されつつありました。しかし残念ながら20年ほど前に解体されてしまいました。いろいろな音に囲まれ過ぎた現在からすれば、街の象徴として時を告げる鐘の音がこだまする時代はゆったりと豊かな時間が流れていたと思います。それでもこの塔時計自体は下諏訪の今昔館「おいでや」に移されて今も現役で時を刻んでいます。都会を離れて少しは昔の音を響かせることを時計台は喜んでいる気がします。
posted by 代表 at 13:29| 時計の話

2021年06月18日

公式時計

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1964年のオリンピックでは、セイコーが公式時計として採用され、大きな発展をする機会になりました。当時発売された時計には記念のマークが入っていました。今回の東京オリンピックの公式時計はオメガということで大会前からの決定事項ではありました。少々残念なことだと思っていましたが、現在の状況を見れば幸いだったかもしれません。実際の困惑状況は分かりませんが、公式時計メーカーとなっていたら想像以上に大変なことになっていたかもしれません。それにしても公式時計の扱いにしても、なにやらヨーロッパ中心のIOCの思惑の傲慢さを感じてしまいます。
posted by 代表 at 17:56| 時計の話

2021年06月08日

これでも新作

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機能は時分のみ、小さな秒針は動いてますの確認用。太陽電池式でも電波式でもなく、ましては機械式でもありません。何でもないクオーツ式でその割にはちょっと厚めの腕時計です。周りの人に助けられての自前時計の第2段ですが、本体はダイヤル表現のみの変更です。それでもベルト大きな部分を占めますので、合わせて新色にしました。文字はアラビア数字でもなくローマ数字でもないそろばんのコマのように積み重ねていく記号みたいものです。人間の寿命は120年ぐらいまでといわれているので、文字盤一周を当てはめてみると私の年齢はまだこの辺だと赤く印をつけました。私が一周するほど生きていられるとは思いませんが、まだ先は長いぞとの認識はできました。
posted by 代表 at 11:17| 時計の話

2021年05月19日

知新は難しい

過去の仕事.jpg
30年ほど前に古いラジオを参考に作成した時計のダイヤルデザイン。その元はそこから50年以上前の戦前資料でした。ウェブのオークションサイトにモデルが載っていたのですが、本当に安い値付けなのに誰も買ってくれそうもないので入札してしまいました。30年間どこを流浪していたのかわかりませんが、そんなに傷んでいないのもむしろ寂しい気にさせてくれます。まだ問題なく動くので傍に置いておきます。アラビア数字もローマ数字も昭和初期の頃のバリエーションには驚かされます。温故知新となれば良かったのですが、ほとんどそのままなので黙っていますが知新はとても難しいのです。
posted by 代表 at 19:07| 時計の話

2021年04月04日

不苦労

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様々なところに縁起ものとして使われる「フクロウ」。巣ごもりがちな日々のなか振子時計を作りました。自作でできるのもクオーツ化のなせるわざということです。自分だけで楽しむには十分ですが、人に譲るとなると、いろいろな問題もでてきます。知人なら何とかなることもお客として対処するとなると保証とアフターサービスなどですが、どんどん作る側にはシビアになっています。飾って頂ける家よりも製作者側の「不苦労」のおまじないという風情になってしまっているかな?
posted by 代表 at 18:15| 時計の話

2021年02月26日

共感?

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何かの記念日を祝うということはほとんど無いのですが、稀なことであるとされる年齢に近づき、少数ですが腕時計を作ろうと思い立ちました。お祝いでもなく、けじめでもなく、まして生きた証でもない本当に何ということも無い心持ちのものです。孤独の進めが言われたりしていますが、どこかで共感してもらえる人を探すといった方が良いかもしれません。言葉ではいえない、もしかしたらAIには乗っけられない感情なのかもしれません。
posted by 代表 at 19:36| 時計の話

2021年02月02日

「5」が憧れだった頃

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暖かくなってきたら、また下諏訪今昔館でこじんまりと時計の展示会をやります。今回はグッと的を絞ってセイコー5(ファイブ)についてやろうと考えています。諏訪で製造された最後の機械式腕時計に関わってきましたので懐古趣味と言われそうですが、多くの人の最初の腕時計「スポーツマチック5」若い人の憧れであった「5スポーツ」と戦後最大のヒット作と言われる「5シリーズ」を再評価します。今はスマホに取って代わられてしまいましたが間違いなく文化と関わっていました。見に来てくれた人に説明をしたいのですが、距離をとりつつマスク越しは歯がゆいばかりです。いつマスク無しでできるようになるのでしょうか?
posted by 代表 at 17:16| 時計の話

2021年01月24日

クリックするだけ?

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ある企業からの依頼でデザインした時計ですが、ネット上の限定販売で、あっという間に売り切れたそうです。戦後生まれ(古い?)の感覚ではそれなりの価格のものは現物を確認しないで購入することはなかなか決心がつかないことなので、むしろ気に入ってもらえるのかと不安な気持ちになります。気に入らなかったら返せば良いという感覚もシステムも今様なのでしょうが、この簡便さが無駄とも思えるほどの内容を記した、ものすごく仰々しい注意書だらけの取扱説明書を作っていることは確かです。
posted by 代表 at 14:46| 時計の話

2020年11月30日

予測不能

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70年ほど前の日本初のカレンダー腕時計です。戦後の動乱が納まりきらないなか、朝鮮戦争も始まっていました。私も生を受けた頃でもあります。当時、そしてその後もしばらくはまだ井戸水がふつうでした。そして伝染病が身近なものでもありました。高度成長期を過ごし、どんどん電化し、比べ物にならないほどの清潔な生活を手に入れてきました。まさか余生をどうしようかと思う頃に、経験したことのないほど、手を消毒し、マスクをずっと付けることになってしまいました。人間だけが都合よく生き伸びていけるわけではないことを改めて実感しています。
posted by 代表 at 19:23| 時計の話