2021年08月30日

禍福

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私が生まれた頃の腕時計。日本初の手動ではありましたが月も表示するカレンダー。戦後の不況を抜け、一気に高度成長につながっていく幕開けの時代でした。こうした時に発売された華やかさを纏った国産時計でした。しかし戦後の日本を救ったのは、始まった朝鮮戦争だったことは間違いありません。今でもあちこちで無くならない紛争には同じような様相が垣間見えます。事の大小にかかわらず現代はいやでもいろんな情報が入ってきますし、意見を発信できるせいか考え方の相違があちこちで衝突するのを目や耳にします。そんな現状に少々疲れてしまいます。
posted by 代表 at 19:40| 時計の話

2021年08月07日

時計台

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40年近くも前の写真。今は無き精工舎の時計台前での一枚。当時の建物は、時計博物館として整備されつつありました。しかし残念ながら20年ほど前に解体されてしまいました。いろいろな音に囲まれ過ぎた現在からすれば、街の象徴として時を告げる鐘の音がこだまする時代はゆったりと豊かな時間が流れていたと思います。それでもこの塔時計自体は下諏訪の今昔館「おいでや」に移されて今も現役で時を刻んでいます。都会を離れて少しは昔の音を響かせることを時計台は喜んでいる気がします。
posted by 代表 at 13:29| 時計の話

2021年06月18日

公式時計

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1964年のオリンピックでは、セイコーが公式時計として採用され、大きな発展をする機会になりました。当時発売された時計には記念のマークが入っていました。今回の東京オリンピックの公式時計はオメガということで大会前からの決定事項ではありました。少々残念なことだと思っていましたが、現在の状況を見れば幸いだったかもしれません。実際の困惑状況は分かりませんが、公式時計メーカーとなっていたら想像以上に大変なことになっていたかもしれません。それにしても公式時計の扱いにしても、なにやらヨーロッパ中心のIOCの思惑の傲慢さを感じてしまいます。
posted by 代表 at 17:56| 時計の話

2021年06月08日

これでも新作

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機能は時分のみ、小さな秒針は動いてますの確認用。太陽電池式でも電波式でもなく、ましては機械式でもありません。何でもないクオーツ式でその割にはちょっと厚めの腕時計です。周りの人に助けられての自前時計の第2段ですが、本体はダイヤル表現のみの変更です。それでもベルト大きな部分を占めますので、合わせて新色にしました。文字はアラビア数字でもなくローマ数字でもないそろばんのコマのように積み重ねていく記号みたいものです。人間の寿命は120年ぐらいまでといわれているので、文字盤一周を当てはめてみると私の年齢はまだこの辺だと赤く印をつけました。私が一周するほど生きていられるとは思いませんが、まだ先は長いぞとの認識はできました。
posted by 代表 at 11:17| 時計の話

2021年05月19日

知新は難しい

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30年ほど前に古いラジオを参考に作成した時計のダイヤルデザイン。その元はそこから50年以上前の戦前資料でした。ウェブのオークションサイトにモデルが載っていたのですが、本当に安い値付けなのに誰も買ってくれそうもないので入札してしまいました。30年間どこを流浪していたのかわかりませんが、そんなに傷んでいないのもむしろ寂しい気にさせてくれます。まだ問題なく動くので傍に置いておきます。アラビア数字もローマ数字も昭和初期の頃のバリエーションには驚かされます。温故知新となれば良かったのですが、ほとんどそのままなので黙っていますが知新はとても難しいのです。
posted by 代表 at 19:07| 時計の話

2021年04月04日

不苦労

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様々なところに縁起ものとして使われる「フクロウ」。巣ごもりがちな日々のなか振子時計を作りました。自作でできるのもクオーツ化のなせるわざということです。自分だけで楽しむには十分ですが、人に譲るとなると、いろいろな問題もでてきます。知人なら何とかなることもお客として対処するとなると保証とアフターサービスなどですが、どんどん作る側にはシビアになっています。飾って頂ける家よりも製作者側の「不苦労」のおまじないという風情になってしまっているかな?
posted by 代表 at 18:15| 時計の話

2021年02月26日

共感?

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何かの記念日を祝うということはほとんど無いのですが、稀なことであるとされる年齢に近づき、少数ですが腕時計を作ろうと思い立ちました。お祝いでもなく、けじめでもなく、まして生きた証でもない本当に何ということも無い心持ちのものです。孤独の進めが言われたりしていますが、どこかで共感してもらえる人を探すといった方が良いかもしれません。言葉ではいえない、もしかしたらAIには乗っけられない感情なのかもしれません。
posted by 代表 at 19:36| 時計の話

2021年02月02日

「5」が憧れだった頃

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暖かくなってきたら、また下諏訪今昔館でこじんまりと時計の展示会をやります。今回はグッと的を絞ってセイコー5(ファイブ)についてやろうと考えています。諏訪で製造された最後の機械式腕時計に関わってきましたので懐古趣味と言われそうですが、多くの人の最初の腕時計「スポーツマチック5」若い人の憧れであった「5スポーツ」と戦後最大のヒット作と言われる「5シリーズ」を再評価します。今はスマホに取って代わられてしまいましたが間違いなく文化と関わっていました。見に来てくれた人に説明をしたいのですが、距離をとりつつマスク越しは歯がゆいばかりです。いつマスク無しでできるようになるのでしょうか?
posted by 代表 at 17:16| 時計の話

2021年01月24日

クリックするだけ?

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ある企業からの依頼でデザインした時計ですが、ネット上の限定販売で、あっという間に売り切れたそうです。戦後生まれ(古い?)の感覚ではそれなりの価格のものは現物を確認しないで購入することはなかなか決心がつかないことなので、むしろ気に入ってもらえるのかと不安な気持ちになります。気に入らなかったら返せば良いという感覚もシステムも今様なのでしょうが、この簡便さが無駄とも思えるほどの内容を記した、ものすごく仰々しい注意書だらけの取扱説明書を作っていることは確かです。
posted by 代表 at 14:46| 時計の話

2020年11月30日

予測不能

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70年ほど前の日本初のカレンダー腕時計です。戦後の動乱が納まりきらないなか、朝鮮戦争も始まっていました。私も生を受けた頃でもあります。当時、そしてその後もしばらくはまだ井戸水がふつうでした。そして伝染病が身近なものでもありました。高度成長期を過ごし、どんどん電化し、比べ物にならないほどの清潔な生活を手に入れてきました。まさか余生をどうしようかと思う頃に、経験したことのないほど、手を消毒し、マスクをずっと付けることになってしまいました。人間だけが都合よく生き伸びていけるわけではないことを改めて実感しています。
posted by 代表 at 19:23| 時計の話

2020年09月09日

ちょっと不便でも

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下諏訪の儀象堂のロビーで秋に向けて、機械式時代の婦人用時計の展示を始めました。これもまあ終活の一環で、持ち物の行く末を考える手がかりにしようと思うからです。腕時計は工業製品としては珍しく女性専用にアプローチがなされました。差別ではなく、区別と言えますが、例えば小さいことこそが目標になっていて、それでは時間が読み難いだろうという時計が多くあります。それが一部ではなく主流商品であったことに、世の中に生まれる流れの怖さを感じてしまいます。それにしてもいつの時代でも「かわいい」という概念に他を圧倒してしまうパワーがあることは確かです。
posted by 代表 at 17:05| 時計の話

2020年07月10日

ちょっとの間

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「桃太郎」と呼んでいたパカット割れて中の時計がでてくる和装用の時計です。帯の下に入れて使うものですが最近は全く見かけません。時間をみるためにワンクッション入るのですが世知辛い現代にはそぐわないということでしょうか?当意即妙な対応が求められる世の中では一瞬でも出遅れることは有能と思われないという恐怖感が確かにあります。しかし個人的には多くの場合あとでその反射的に発した言葉に後悔することがあります。単なる言い合いもストレス解消にはなりますが、問題解決にはなりません。テレビにしてもラジオにしても真空管が温まるまでは少々待ったものです。便利になったからこそ言えることですが、そうした余裕は必要なのではと思ってしまいます。
posted by 代表 at 19:02| 時計の話

2020年01月23日

あの頃の鉄道時計

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今でも人気のある精工舎の機械式鉄道時計。現在もクオーツ式で販売されていますから100年近くほとんど同じスタイルで販売されている稀有な商品です。それでも戦時を生き抜いてきましたので、いくつかのタイプや、微妙な違いのあるモデルがあり、希少性によりだいぶ取引価格に差があります。これは昭和30年代の典型的な鉄道マンに使用されていた一般的なものですが、きっと仕事の誇りと愛着が込められていた時代のものだと思います。当時は小学生でしたが、登下校時にはいつも踏切を渡っていくのですが、遮断機が下りて待たされることはちょっと珍しい特急電車が見られたりするので楽しみでもありました。そんな時代を思い起こさせる鉄道時計を、お世話になっている時計屋さんの店先にあったので見過ごすことができずに手にしてしまいました。
posted by 代表 at 12:34| 時計の話

2019年11月28日

今は何を語る?

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本だなを整理をしていたら、忘れていた本が出てきました。「腕時計物語」20年近く前にインターネット上に寄せられた腕時計にまつわる思い出の中から、評判の良かった文章をまとめたものです。多くの応募があったということはそれだけ腕時計が人々の生活に大切だったというか寄り添っていたものだったということでしょうか?第一回で終わってしまったようですが、何事も継続することは難しいと思いましたし、腕時計がそうした思いを受け止める素材ではなくなってきたのではないかと少し切ない気がしました。でも機械式腕時計もそうですが、無くなりそうな状況になるとしぶとく生きる姿に共鳴してくれる人たちが出てきてくれるので、そこに少なからずの希望を持っています。
posted by 代表 at 19:14| 時計の話

2019年04月27日

お披露目

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自前で作成した時計を売り場のショーケースに並べてもらいました。今まで数多くの時計に携わってきましたがこの経験は初めてのことなので、どう見守っていけば良いのかがわからいのが正直なところです。どんな人が興味を持ってもらえるかわかりませんが、普通にずっと使ってもらえればと大げさですが祈る気持ちです。こんな齢になりましたが改めてものを作ることへの新鮮な気持ちが湧いてきました。
posted by 代表 at 17:04| 時計の話

2019年01月19日

出来上がりました

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関係した方々には無理をいって普通ならば断わられてしまう数の時計ですが、バンドも届き実際に身に着けることが出来るようになりました。この時計を作ろうと思ったきっかけはセンター試験に着けていく時計が無いという声があったからでした。残念ながら今回は間に合いませんでしたが、初めての時計として使ってもらえれば嬉しい限りです。見やすくシンプルな時計で十分と考えるようになった同世代の人にもと思っています。
posted by 代表 at 17:23| 時計の話

2018年12月21日

半世紀

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半世紀前にクオーツ腕時計は諏訪の技術者により世界で初めて商品化に成功しました。いまや空気のように当たり前になってしまったのですが、その意義は計り知れないものがあります。長いこと腕時計にも関わってきましたのであらためて腕時計を考えてみました。初めて自分の名前をアレンジしてダイヤルに入れ、身銭を切ってわずかですが作りました。シンプルさこそクオーツの良さと考え、なんの飾り気もないカタチですが気に入ってくれる人が少しでもいればと思います。
posted by 代表 at 16:18| 時計の話

2018年11月24日

諏訪を描く展

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諏訪湖畔の「ガラスの里」で「諏訪を描く展」という公募展がありまして初めてエントリーしました。「時計職人」という題名の小さな人物画です。どうしても風景画での参加が多くなるのですが、仕事として関わってきたこともあり、諏訪の職人にスポットを当てたくて描くことにしました。何十人と並んで時計を組んでいた光景は今は昔ですが、忘れてほしくない諏訪地方の姿です。今回はお世話になっている方をモデルに描きました。
posted by 代表 at 14:55| 時計の話

2018年10月14日

気分

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育った環境がその人の嗜好に一番影響するのだろうとは思いますが、自分でもどうしてか分からないことはよくありますから他人についてはなおさらです。仕事上デザインに関しても「何か違う気分」と感覚寄りで答えらてしまうと折り合いがつかなくなってしまうことがあります。いつもはシンプルな時計を着けていても派手なものを選びたい気分になることは確かにありますから「話が違う」とは言えないのが辛いところです。
posted by 代表 at 17:03| 時計の話

2018年09月24日

柱時計

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毎年開催される「諏訪湖まちじゅう芸術祭」のイベントで柱時計の展示即売がありまして、ポスターを頼まれ作成しました。台数も限られていたのでアッという間に完売してしまいました。どんな方がどんな理由で購入されたかわかりませんが、暮らしの中に取り込んでほしいものです。日本家屋では掛時計というより柱時計の呼び名がピッタリします。エアコンなどが無かった風の通り抜ける家ではどこにいても時を打つ音が聞こえたものです。踏み台を用意し、鍵を巻くことを任されるのは大事な仕事でした。
posted by 代表 at 16:10| 時計の話