2018年01月28日

信州から

shinshu japan.jpg
メインのケース部品を自社で作り出し、県内製のムーブメントを調達、調整し、合わせて組立て検査も行う「信州製」といえる腕時計が、安曇野から生まれました。この「時計らしい時計」が信州での腕時計作りの歴史を受け継げるよう応援をよろしくお願いします。
posted by 代表 at 16:18| 時計の話

2017年11月20日

ちょと足し

デュアルタイム.jpg
最近はソーラー電池で動いて、GPSの位置情報で世界中どこにいても時間合わせをしてくれる便利な黒っぽいダイヤルで数字や針がいっぱい付いた時計が各社からでています。年寄りには時間がかえって読み難いと思っているのですが、それなりのお値段がついています。今回の時計ももう少しで半世紀になってしまいますが、一本だけ時針がちょっと足されただけのものです。実際にビジネスレベルで使用してみると基本にしたい時間とあとは現地時間が分かる時針があれば充分ですし不便でもありません。技術レベルに差が無いと各社同じ顔つきになってしまうのでしょうが、何ともならないのでしょうかと会社人間でない身軽さからは思います。
posted by 代表 at 17:42| 時計の話

2017年11月10日

これも半世紀

ACUTRON.jpg
半世紀前の雑誌に宇宙時代に向けた世界最先端の技術をアピールする「音叉式腕時計」の広告が大々的に載っていました。翌年にはクオーツ式が発売されますので、世の中の無常さの典型的な例のひとつです。その中にあったこの写真のモデルの中古品を手に入れていたのですが、裏側に近くのゴルフコース創立記念の文字が刻まれていました。ゴルフも当時はステイタス感いっぱいだったはずですので、二重に時の流れを感じさせてくれます。デッドストックでない品物にはそうした話がついて回るのも興味深いところです。
posted by 代表 at 18:31| 時計の話

2017年10月26日

片隅

ラド―電子テンプ.jpg
決して自分から積極的に助けるわけではないので、どちらかといえば弱気の判官贔屓の性格が災いして、今は忘れ去られてしまいましたが、短期間売られていた電池駆動のテンプ式の腕時計に少し肩入れしています。「マーストロン」といういかにも名前が新時代をアピールしています。音叉式の「アキュトロン」水晶式の「アストロン」、当時はトロンが大流行りでした。仕事がら時代の流れを無視することはできないのですが、多数派というものには危うさが隠れている気がしてしまうのです。
posted by 代表 at 17:56| 時計の話

2017年08月11日

縮み志向では?

安曇野にて展示.jpg
安曇野の「復刻堂」さんに並べられた時計です。戦後から15年くらいの間に諏訪で作られたものです。腕時計は少しずつ大きくなってくるのですが、戦後すぐの男性用と比較すると現在は平面的に2〜3倍の大きさになっています。「縮み志向」といわれる日本人ですが、様々なところで反対の現象が見て取れます。お盆の帰省ラッシュですが車体のそれぞれが50センチ短いと渋滞もだいぶ短くなるのではと思ってしまいます。
posted by 代表 at 12:40| 時計の話

2017年08月03日

お出かけください

昭和30年広告.jpg
安曇野の時計屋さんでイベントが開催されるので、そこに合わせて信州発の少し古い手巻腕時計を一月ほど展示します。戦後〜昭和30年代初期のスイスに追いつくというよりは、国産の時計作りをいかに一人前にしていくかという気概が感じられる時計です。目指す方向がはっきりとしていた幸福な時代であったかもしれません。この後の高度成長期、電子化の波で時計作りは大きな転換期を迎えてしまうことになります。
posted by 代表 at 13:29| 時計の話

2017年06月14日

裏蓋

裏蓋物語.jpg
時の記念日ということで下諏訪「儀象堂」で腕時計の展示をしました。今回は裏蓋をテーマにしてみました。あまり裏蓋が取り上げられることもないのですが、工業製品でこんなに裏を簡単に見ることができるものも少ないと思います。何事もそうだと言えませんが、裏を見るとどこまで心配りされているのかがわかり、素性の確かさなど表からでは判別できないことが見えてくるのが面白いところです。
posted by 代表 at 12:46| 時計の話

2017年04月17日

栄枯盛衰

敏工舎掛時計.jpg
終活というわけではないですが、身の回りを整理しなければと思い始めましたが、すぐに手が止まってしまい一向に進みません。名古屋には今では想像できないほどの掛時計メーカーがありましたが、そんな離合集散の中で昭和初期に2〜3年でなくなった敏工舎の掛時計を久々に眺めました。。中央にテンプが見えるタイプで振子ではないことで、正確さを売り込んだのですが上手くいかなかったのでしょうか?それとも組織に問題があったのでしょうか?そんなことも考えながら、またこの時計を手に入れたときの状況などを思い出しているときりがありません。
posted by 代表 at 16:52| 時計の話

2017年03月28日

カタチばかりの・・・

二重ケース.jpg
3月末まで時の科学館「儀象堂」で戦前のモデルを中心に展示をしています。趣味というより仕事上の参考として集まったものです。腕時計が貴重な時代でしたが今よりずっと外装は華奢にできていました。。太平洋戦時下では保護ケースが売られていましたがとても南のジャングルでの使用に耐えられなかったと思います。スイス製、アメリカ製とは比べ物になりませんでした。それを見ただけでも無謀な戦いだったことを感じさせます。
posted by 代表 at 13:25| 時計の話

2017年02月14日

ソニックな形?

電池掛時計.jpg
古い掛時計を直してくれる街の時計屋さん。店頭に不思議な形の掛時計があったので思わず写真に撮りました。埃まみれになっていたのを手を尽くし動くようにしてありました。初期の電池時計は部品も無く、電池漏れもあったりで修理は難しいものです。昭和30年代はプラスチックの成形技術とあいまって、モダンというのか未来的というのか不思議な形の製品が「〇〇ソニック」という名前でたくさん市場に出回りました。そのスタイルはともかく何やらポジティブな感じはうらやましいと思ってしまいました。そして何より、売るためというより、動かしたいという店主に拍手です。
posted by 代表 at 19:14| 時計の話

2017年02月06日

20周年

20'イベント.jpg
下諏訪の儀象堂も20周年を迎えます。一階の片隅でささやかにイベントをすることになりました。今回はいろいろな苦難の時代を生きてきた、国産の初期腕時計を並べることにしました。ただただ古い時計が面白いだけですが、100年を過ぎた日本の腕時計の行先を考える機会になればとも思います。
posted by 代表 at 19:08| 時計の話

2016年11月05日

先のことは?

postwar watch.jpg
長い秒針がモダンで、読み易く、技術的にも新しかったので、今でも普通に見かける小秒針の腕時計は昭和30年代に入ると生産されなくなりました。昭和40年代には機械式時計はなくなるとの意見が当たり前でした。かように時計に限らず時代は先を見間違えることがあります。時代の勢いの中で、多数決で物事を決めていくことは仕方のない面もありますが、少数意見の中にこそ真実があるかもしれないことを見極めないと後々後悔することがあります。ただその検証には保証のない時間が必要なのが悩ましいところです。
posted by 代表 at 15:51| 時計の話

2016年10月12日

わかりやすさ

視覚障害者用腕時計.jpg
昭和40年代の視覚障害者用腕時計です。2時付近のボタンを押すと蓋が開き、指で針文字盤を触ることができます。誰にもわかりやすく、使いやすそうな顔つきで好感がもてる時計だと思います。多くの人に均等に良いイメージを与えることや物がが少なくなっているのは、生活が多様化しいろいろなことが複雑になり、お互いに分かり合えなくなっていることが原因でしょうか?
posted by 代表 at 13:14| 時計の話

2016年09月19日

誰でもない?

39jewels.jpg
機械式腕時計では多石競争というのが昔ありまして、いかにルビー等の石を使って高性能?に仕上げているかを競っていました。基本は摩耗を少なくして、機械の性能を長持ちさせることなのですが、場所も基本はどのメーカーも同じだったので、30石もあれば充分過ぎたのですが、最終的には同程度の商品でありながらいろんなところに敷き詰めまして「100石」までのモデルが現れました。そこで、みんなわれに返ったのか熱病が覚めるようにブームは終わりました。そんなバカげた競争が実際にありましたが、その決断をした人にたどり着けないのが日本社会の特徴なのでしょうが、最近のニュースを見聞きすると相変わらずだなと苦笑してしまいます。写真はセイコーの自動巻で最高の39石。ここで停まったことはどう評価しましょう?
posted by 代表 at 15:10| 時計の話

2016年08月23日

1964

ストップウォッチ.jpg
東京オリンピックで使用されたヨット競技用ストップウォッチ。シンプルで読みやすいのですが今も使えるでしょうか?今や100分の1を争う競技においてはアナログ式は完全に過去のものですが、これを手にするたびに、売ることをあれこれ考えないものがいつまでも見るに堪えるものであることを痛感します。
posted by 代表 at 19:20| 時計の話

2016年05月30日

新モデル

新モデル.jpg
新しいブランドの立ち上げにいくばくかの協力をしました。少しずつ浸透していってくれたらうれしいのですが、続けるということは本当に難しいことです。腕時計を買うことが、生活の節目であった頃、断捨離などという言葉が想像できない頃をイメージしたのですが、それが年を重ねたデザイナーのできることと思っています。
posted by 代表 at 17:39| 時計の話

2016年05月14日

懐中時計展

懐中時計展.jpg
今年も時の記念日を挟んで2週間下諏訪「儀象堂」でイベントをやります。今回は日本の懐中時計を中心に展示をします。手持ちのコレクションですので、大々的に宣伝するほどのものではありませんが50年余りで見かけることも無くなった商品を振り返ることが何かのきっかけになればと思います。
posted by 代表 at 18:54| 時計の話

2016年03月14日

当たり前はどうですか

TOKYO-1964.jpg
1964年の東京オリンピックを記念して当時の腕時計の裏に聖火をモチーフにマークが付加されました。責任をとらない大人たちの姿を晒している2020年のオリンピックにはどんなマークが時計につけられることでしょうか?考えてなかったというのもびっくりですが、聖火台が問題になっています。あまりに懲りすぎると一瞬が大事にされるので、モニュメントとしての永続性が失われてしまうので、サプライズを狙いすぎるのも問題です。静かにそっと当たり前に火を着けるだけというのも逆に新鮮だと思っています。
posted by 代表 at 18:23| 時計の話

2016年01月24日

プレゼント?

未使用.jpg
散歩がてらに寄る骨董店に、程度の良い婦人用腕時計がありました。女性用はいかにスリムにできるかを競っていた頃の50年ほど前の時計で、当時の一番細いタイプです。ある程度の価格帯で、はやりのスタイル。確かに時間を読みづらいこともありますが、ほとんど使用されないでいたとするとプレゼントだったのでしょうか?今よりずっと時計が大事にされていたころですが、店主によれば良いところの家からの出物という売り文句が添えられていました。
posted by 代表 at 17:03| 時計の話

2015年10月07日

木製

CLOCK.jpg
ロクロで挽いたお皿の材料をいただいたので掛時計を作ってみました。せっかくなので時分針も木を削りました。秒針はさすがに木では難しいですし、忙しない動きが合わないので付けないことにしました。動いているかの判断ですが、他にも時刻をしる手段はたくさん有るので判断に困ることはありません。本当に時間に縛られないでいる余裕は時間に囲まれているから生まれるというパラドックス。そんな風に本質とは離れてしまっていることは世の中にも良くあります。
posted by 代表 at 19:11| 時計の話