2020年03月27日

いつも通り

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春の遅い諏訪地方に、花の季節の兆しが気持ちを盛り上げてくれる3月なのですが、あの地震の時の放射能のように、今回のウィルスが落ち着かないザワっとした気分にさせます。目に見えないものの怖さを改めて感じていますが、それにもまして人間の厭な面が見えてくることと、そして自分にも当てはまることに気づくことが、よりふさいだ気持にさせてしまいます。それでも庭の花は静かにいつも通り咲いています。いつも通りということの危うさと有難さが身に染みます。
posted by 代表 at 19:37| 日常

2020年03月01日

沈黙は金ではないけれど

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お酒を嗜むことができない体質なので、お酒の蘊蓄を披露されると付いていけないことが多く、雰囲気を壊していることを薄々というよりはっきり感ずることがあります。そのようでは飲み会なるものを年に2回有るか無いかという面白くない人生を送ることになるようです。人生の半分を損しているように言われもするのですが、思えば我が振り直せの言葉通り自分としても、自らの言葉に酔ってしまっているだけのこともありそうです。仕事上でも興味のないことに振り向いてもらえるように話すことは簡単なことではないです。最近の一方的にでもしゃべることが全てみたいな風潮はSNS時代を反映していると言えます。
posted by 代表 at 16:01| 日常

2020年02月23日

時流

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いやに暖かな午後だったので、散歩に出ました。散歩がてらのいつもの古物店でカップを買いました。無くなってしまった会社のモノです。戦後は多くの輸出品で日本を支えていた製陶所のひとつだと思います。今更何の手助けにもならないのですが、目の届く場所においてあげることにしました。ここ諏訪でも数多くの時計が作られていました。その前には絹が。歴史は残酷に時を刻んでいきますが、時流に乗るのか、抗うかの判断の良否はかなり後にならないと分らないことです。それ自体もその時点のものでしかないので永遠に答えがでないことかもしれません。しかし都度の判断をしなければならないときに何に頼るかで生き様が決まってくることは確かです。
posted by 代表 at 15:58| 日常

2020年02月14日

温故知新

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子供の頃、普通の道路沿いの家のお婆ちゃんが、ガラス戸を開けて自分で竹串を作って並べていました。店を構えるほどでもない内職程度のものを、自由に売っていたのです。年末に注連飾りを並べる家もあった記憶があります。道路が整備され、車社会になるにつれそうした人も家も見かけなくなりました。でもいまはSNS上でそれと同じことがやり取りされているのは面白いことだと感じています。そんな小商い向けにマークを頼まれました。
posted by 代表 at 17:13| 日常

2020年02月02日

承知の無理

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二十歳になると、「年金払え」と通知がきます。この年頃の人が毎月2万円近くを払えると思っている保険庁の人がどのくらいいるのでしょうか?学生であれば免除申請すれば良いということですが、手続きをしないでいると不利なことも出てきます。今やいろいろなことが情報弱者を置き去りにする傾向にあります。二十歳から数年はメリットを感じる人で年金制度に信頼を見いだせる人が手を上げるくらいで良い気がします。そもそも今の年金制度が未来を託せると若い人たちに思わせるようなシステムになっていないのではないでしょうか。
posted by 代表 at 17:15| 日常

2020年01月13日

年賀状

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今年で年賀状を最後にしますと連絡をいただいた知人がいます。そんなに遠くに住んで居られるわけでもないのに顔も合わせる機会も無くなってしまっていますので、自然に納得できました。どんなことでも止め時というの特に相手がある場合は難しいものです。自然消滅というのではなく、宣言するというのは尚更だと思うのですが、ハガキが来なくなった理由を心配させてしまったり、あるいはしてしまうのも確かに余計なお世話な場合もあります。メールがあるから年賀状を出さないという意見もありますが、メールで済んでしまう間柄には逆に賀状などはいらない気がしてしまいますし、今年も懐かしい顔を思いつつ出しましたが、迷惑と思っている人がいる?かな。
posted by 代表 at 17:42| 日常

2019年12月28日

模様替え

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椅子を新しく変えただけだったのですが、それでもと思い年末の仕事場の模様替えに取り掛かりました。スッキリと片付いたのでもなく、仕事がやりやすくなった感じもないので、効率の悪い作業になりました。それでもあちこちに溜まった埃とゴミは掃除できました。仕事上でも結果があまり変わらなくても、いつもと違うやり方を試行錯誤することは思い込みの埃をなくすことなのだと飛躍して自分を納得させるなか、今年も終わろうとしています。
posted by 代表 at 11:34| 日常

2019年12月15日

少し戻っても良いかな?

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諏訪に来て初めての忘年会への道で、人生初の耳がちぎれそうな風の冷たさに、えらいところに来てしまったと実感しました。それからは凍る湖の上を歩いたり、出社時のダイヤモンドダスト、-23度でドアが開かなくなってしまったことなど、数年にかけていくつも冬の厳しさを体験しました。もっと暖かくならないものかと望んでいたのですが、最近あの厳しい冬が昔物語になりつつあります。あんなに期待していたのに、今はむしろその進み具合にじわじわと怖さを感じるようになりました。
posted by 代表 at 14:36| 日常

2019年12月08日

花は静かに

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秋もすぎ、もう冬ですが「酒は静かに」とは有名な句の一節です。下戸の私には酔っ払いの心境は分かりませんが、ただ「花は静かに」とは思います。近所の見事な桜並木も戦争で亡くなった人への慰霊の気持ちから植えられたものです。ただただ人が多いだけで、わいわいとした騒々しい花見は願い下げだと思う人が多くいることを信じたい気分です。
posted by 代表 at 15:46| 日常

2019年11月05日

日の目

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1970年代初期 世の中が一気にクオーツ式に動くなか、電磁テンプ式最後期に作られた小型ムーブメントが搭載された紳士用ドレス腕時計です。どちらかといえば厚めでガッシリしたモデルが多いなか異彩を放っています。精度でも、大きさでも優れていましたが、クオーツ化の波に飲み込まれてしまいました。もの作りに関わることで日の目をみることや、正当に評価されることはめったにないことなのですし、チャンスを掴むのはほんの僅かなタイミングの妙なのですが、打ち込めるものを見つけることが先ずは大事なことでしょうか。
posted by 代表 at 14:39| 日常

2019年10月23日

紙一重

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千曲川流域には大きな被害がありました。諏訪でも警戒レベル5のアナウンスがあり、いくつかの避難所には人が集まりました。我が家の近くを流れる川も危ないところでした。それでも雨雲レーダーをみる限りでは、わずかに豪雨がずれてくれたせいで、幸い被害も無く済むことができました。振り返れば、子供時代の狩野川台風も伊勢湾台風もローソクを点けながら、なんとかやりすごした遠い記憶があります。今後はまだわかりませんが、紙一重のことでしかないと肝に銘じつつそれだけでも十分感謝すべきことなのだと、少々落ち込むことが多くなりつつあるこの頃に気を取り直しています。
posted by 代表 at 19:01| 日常

2019年10月02日

はずせない日除け

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もう10月なのにまだ日除けを掛けています。あと2週間もしたら朝晩にストーブを点けるのが普通なのに、今年の残暑はしぶとい。衣更えということで、汗をかきかき学生服で通った静岡時代。今や諏訪も同じです。とんでも無く寒い冬、涼しい夏は語り草になりつつあります。それでも真夜中や、夜明け前にマラソン選手を走らせなくても良いので、もう遅いですが諏訪湖2周オリンピックコースどうでしょうか?
posted by 代表 at 15:32| 日常

2019年09月19日

諸行無常

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クオーツ腕時計50周年といわれるなか、クオーツ式の前に熾烈な次世代腕時計開発戦争の中に生まれた方式がありました。今は全く作られていないので忘れられていることは仕方ないのですがなにやら世の無常を考えさせられました。この種の時計の手持ちは少ないので、どうかとも思ったのですが「しもすわ今昔館」で展示することにしました。物事は一気にジャンプすることは少なくて、ホップ・ステップがその前にあるのですが、案外日の当たらないことがあるように思います。
posted by 代表 at 10:37| 日常

2019年09月01日

補色

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簡単に言うと一番目立つ色の組合せを補色と言っても間違いではないと思いますが、活力を感じさせることも事実です。人間社会でもなにやら突飛なことを周りを気にせず言って「元気」をアピールすることが常套手段でもあります。確かに毒にも薬にもならないような意味ありげな言葉より、人を引き付けるかもしれませんがその正体は「元気」ではなく「毒気」であることが多い気がします。
posted by 代表 at 16:32| 日常

2019年08月25日

旧中山道

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旧中山道を回ってきました。上ったり下りたりのうえ、車のすれ違いも難しい道ですが、今回はゆっくり電動アシスト自転車で走りました。ちょっと気になる場所で、止まって写真をとれるのも自転車ならでは。日差しがまだ強いので汗もかきますが、それも一興と思うことができる余裕があります。大きなSUV車が来てもスピードを出せないので煽られることもないでしょう。
posted by 代表 at 17:19| 日常

2019年08月18日

効果のほどは?

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食は細ってきましたが、健診ではいつも「メタボに注意」。ちょっとした消耗品を自分で買いに出なければならないことが多いのですが、最近はついつい車を使ってしまうことを反省し、自転車ならなんとか、それも電動アシストならばと用意しました。効果のほどは先のことですが、自分で乗ってみるといかに自動車優先と思える環境が自転車にとって危ないかを体感しました。細い道でも我が物顔の車、迷惑そうな運転手の顔。ほとんどが1人しか乗っていないのも腹が立ってきます。大きな車にはもっと課税すべきだだと言いたくなります。何事も相手の立場にたつことは難しいことと実感しました。
posted by 代表 at 16:35| 日常

2019年07月29日

責任回避

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アジサイの花の色は土の酸性度で変わるそうですが、我が家の庭は微妙なところです。一人の仕事場なのでラジオを点けているのですが、ここでも微妙なところを言い回してどっちなんだ、ということが多々あります。一番気になるのは「あくまでも個人の感想です」という言葉。だから大事にしろというのか、当てにならないよといっているのか。これはどうみても責任逃れに違いないのに、こんなにも普通に使われてしまうことがちょっと恐ろしい。
posted by 代表 at 16:57| 日常

2019年05月26日

眼下

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地元では3階以上で過ごすことは全くというほどないので、一気に30階近くでの打合せにドギマギしてしまいました。「おのぼりさん」の二乗状態といったところです。街を歩けば外国語が溢れ、紛れ込んだ世界に追い立てられるように駅に向かって急ぎ足になっていました。IT社会だけでなく、通常生活でも居場所がなくなったような気分でしたが、むしろ置いてきぼりにされている側だからこそ何かできることがありそうな気もしてきました。
posted by 代表 at 12:44| 日常

2019年05月18日

アンパンマン‥‥て、

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アンパンマンは自分の力がレベルダウンすることを覚悟して、顔の一部を差し出して弱いものを助けるのですが、正義とはそういうことなんだというのが戦争体験者の作者の思いだと早朝のラジオで言っていました。今の世の中のあちこちの正義感なるものは、なにやら自分の力を誇示するため、相手を傷つけるために使われている気がしてしまいます。
posted by 代表 at 16:05| 日常

2019年05月05日

移り変わり

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まだ給食ではなかった頃、小学校に住み込みの用務員さんがいました。授業時間の始まりを鐘で知らせてくれたり、お昼に全教室のためにお茶を用意してくれました。どの校長先生よりも印象深いですし、コの字型の学舎の真ん中で、鐘を鳴らす姿はちょっと憧れたりしました。子供たちは親しみも込めて「お茶番さん」と呼んでいました。そんな呼び方は今では使えない種類のものですが、用務員という言葉では言い表せない気持ちはあったように思います。
posted by 代表 at 16:14| 日常