2022年11月24日

もうすぐ師走

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これから寒くなるのに、仕事場のエアコンが故障、家のシャワーの水漏れ、歯科医院通い、付け加えて腰痛。どれも先延ばしできないので、仕事以外のことでバタバタしています。実際はヨタヨタしているのが正解。この便利な社会ではちょっと歯車が狂うとあちこち連絡をとらなければならず大変です。昔のように近所の職人に声をかければ済むということも無くなってきました。静かに残された時間を気ままにというのは夢の話のような気がしてきました。それでも初めての人に要領よく内容を伝えることはボケ防止と納得して乗り切るしかありません。
posted by 代表 at 17:59| 日常

2022年11月17日

100万円の家

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もの心も付く前に父親に見せられたのが近所にできた「100万円」の二階建ての家。ほとんどが平屋だった頃に、立派な庭を前にその家がそびえていました。「100万円」の価値もわからずにしばらく眺めていた記憶があります。広そうな廊下と大きなガラス戸、そしてそれぞれの窓に付いていた雨戸袋が印象に強く残っています。今の価値で言えば3,000万くらいかもしれないので、びっくりすることもないのでしょうが、大戦後10年くらいで、それだけのお金をローンとかのしくみも整っていない中でかけられることはやっぱり当時の庶民感覚では話題にすべきことだったのかもしれません。憧れていた二階建てに私が住めるようになったのはそれから15年ほどしてからですが、それでも齢とともに最近はこじんまりとした平屋で十分だなと思うようになりました。
posted by 代表 at 17:19| 日常

2022年10月07日

キャッシュレス

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何かある時に、相談をする古い時計屋さん。私からは時計の資料を提供したり、修理を希望するお客さんを紹介したりしていますが、その代わりに手持ちの時計の修理などをしてもらったりしています。ですので物々交換ともいえるやり取りが結構あります。言ってみればこれもキャッシュレスです。小さな世界のことですが、なんか昔はこんな感じで済んでいたことがいっぱいあったような気がします。今の時代には安心できないと言われるでしょうが、器械やカードなどが要らないローコストなシステムです。
posted by 代表 at 18:36| 日常

2022年09月29日

言い方次第

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ネット上での取引が普通になり骨董店に出かけたり、雑誌の巻末にある個人取引ページでハガキを出したりしなくても、比べものにならないくらいの品物を物色できるようになりました。そうしたなかで、ミントコンディションなる言葉も普通に使われるようになりました。売れ残り品、在庫品が多いのですが、急にありがたい言葉のようになってしまっています。こうした言い方の変更は世の中のいろいろなところでよくありますので注意が必要です。経年変化による色や、質感の違いを楽しむ余裕が無いと要らぬもめ事を生んでしまいます。何といっても価格が圧倒的に違いますので周囲から非難を受けることを減らせます。
posted by 代表 at 17:04| 日常

2022年09月23日

こぢんまり

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もう何時からかも思い出せないくらい長いことマスクをしていますが、そんな中でも良かったかなと思うこともあります。何となくズルズルと参加していた種々の催事に、今は断りをいれても気まずさが無くなったことです。本来の意味について考え直す良い機会のように思います。こぢんまりと内輪だけで必要最小限で催すことがより有意義な気がします。多くの人を集めるのが目的であったり、まして公金が使われるようであれば見直されるべき事柄です。
posted by 代表 at 16:55| 日常

2022年09月18日

塞翁が馬

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海外向け腕時計の担当をしていた頃は1ドルが150円から短期に100円を切ってしまい、本当に苦しい時代でした。内外からいろいろな事柄でのコストダウンが求められました。もの作りの現場がどんどん海外に出ても行きました。円高に苦しめられた身とすれば単純なことではないと承知しますが、最近の円安により国内でもの作りが再興できるようになれば悪いことばかりではないぞと思います。皮肉なことに日本だけが賃金が何十年も上がってないことも不幸中の幸いといえそうです。
posted by 代表 at 18:03| 日常

2022年09月10日

過ぎたるは

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鉱石ラジオ付の目覚まし時計。後ろの収納部からアンテナ線とイヤホンを取りだして前のつまみを回して雑音交じりの音でを聞いていたわけです。小学校の頃、鉱石ラジオをを作った気がするのですが、曖昧な記憶しかないのはよく聞こえなかったせいだと思います。そんな機能のものでも需要があったとすれば当時の人たちは情報を集めることに貪欲だったのだろうと推測できます。今は全く逆の環境の中にいることは確かです。ちょっとパソコンでも、スマホでも調べ物をすると、不慣れな私はいろんな情報の網の中を彷徨ってしまうことがあります。敵はいろいろな罠をしかけてきますので、油断もスキもありません。「過ぎたるは猶及ばざるが如し」現代に一番必要な言葉のような気がします。
posted by 代表 at 18:57| 日常

2022年08月20日

誰ぞ常ならむ

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素早く反応し答えを導き出すのは、どちらかといえば求められる能力であることが多いのですが、長い目で見るとその答えが正しくなかったということも多々あります。クオーツ腕時計が世界を席巻していた当時は「日本式」が称賛されていましたが、今はなにやら世界から取り残されたような言われ方をされています。コロナ禍の対応にしても、日本人の清潔さなどが取り沙汰され民族の優秀性を言葉にする政治家もいましたが、統計の取り方が公平でないことがあったとしても、最近の感染者数が世界一になったことをどのようにみているのでしょうか?しかし地球の歴史に比べれば、人ひとりの時間の長さはアッという間です。いつも何かを決めていかなければならないことも確かですから、間違いを認めることに何の問題も無いのですが、まるで無かったことのように記憶にございませんと言い放つのはとても腹が立つし悲しい。
posted by 代表 at 13:46| 日常

2022年08月12日

苦手だったこと

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我が家の子供の自由研究用に顕微鏡にデジタルカメラを接眼レンズに近づけて撮った塩の結晶です。思い起こせば
夏休みの楽しさを半減させるのが、「読書感想文」と「自由研究」でした。読書感想文は感想というよりはあらすじをを書いて、必要枚数を埋めるだけでした。自由研究は、先送りしてゆくうしろめたさを気にしながら、言い訳をどうするかを考えていました。言い訳はなんとかなりますが、研究は全く何をすれば良いか見当もつきませんでした。当時は一クラス50人近くでしたから先生も忙しかったでしょうし、夏休みなどない親に聞くこともままならずでした。今でも「読書感想文と自由研究」と聞くと苦い思いがよみがえります。
posted by 代表 at 17:14| 日常

2022年08月03日

世に連れる

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1980年代は本当に仕事が忙しい時期でした。時計業界はデジタル化の波の中で電気業界等からの進出もあり、急速な円高と重なり先の見えない状況でした。それを象徴するかのような「24時間闘えますか?」のCMがガンガン流れていました。何とか持ちこたえた日本メーカーでしたが、それから30年で様相はガラッと変わってしまいました。だれも想像できなかったことですが今やアメリカンブランドのスマートウォッチが席巻しています。自動車も一気に電気自動車に移行しています。斯様に世の中の変化に人の感覚が引きずられます。ガラッと変わってしまうことは人物の見方にも多々あることです。一世代経ったとして当時の判断の白黒は意味のないものになってしまいます。誰かが判断するにしても、国が強制することだけはあってはならないことです。
posted by 代表 at 18:44| 日常

2022年07月19日

靡かない

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戦前の腕時計文字盤です。「AIKOKU」と名が入っています。こうした人の心を試すような名称が頻繁に使われるときは決して良い時代ではないです。こうした腕時計をはなむけとして戦地に向かった無名の人は少なくないでしょう。現代ではSNSを使って徒に多数意見であるかのように自説を煽ったりしながら、当時の隣組より怖い目に見えない監視社会を手にすることもできそうなので便利さと裏腹の警戒が必要です。
posted by 代表 at 19:03| 日常

2022年07月13日

お天道様音痴

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パンフレットなどに地図を載せることが多くあります。スペースの関係でアレンジをするにしても、基本は簡略化して分かりやすくと頭を使うのですが、かなりの割合で地図を読むのが苦手という方がいますので徒労に終わることになってしまいます。「方向音痴」だからということになるのでしょうが、いろんなことで苦手なものに「〜音痴」と付けますが、愛嬌で済ませる程度であれば問題も無いのですが、「お天道様音痴」といって良いのかわかりませんが、古い人間としては「お天道様が見ているぞ」感覚が無い案件が最近多いの目にしてしまうことが、身の程知らずですが気になります。
posted by 代表 at 14:17| 日常

2022年07月02日

まずいなあ!

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今更ですが、人見知りであることもあってオンラインミーティングで、顔だけ出すのは何より避けたいと思っていたのですが、そうもいかなくなってしまいました。全くどの様に身構えていれば良いのかもわからいのですが、早速カメラを取り付けたのですが、まあそこに映りだされた自分の容姿に愕然としてしまいました。目を大きくしたりしわをとる技もわからないので、今できることは少しでも可愛げにした似顔絵の仮面を付けようかと本気で悩んでいます。
posted by 代表 at 18:35| 日常

2022年06月19日

丈夫な身体

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藍染の手拭いに文字を入れて欲しいと頼まれました。文字の上手い下手が問われそうにない宮沢賢治のメモのような遺作でもありながらよく知られた文章を書いてみましたが、何とはなしに写経しているような気持ちになりました。この後も分相応の生き方しかできませんが年齢のせいか丈夫な身体は確かに大切なことだし、そう願いたいと思いました。
posted by 代表 at 13:31| 日常

2022年06月12日

錯視

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ある錯視の例ですが、同じ色彩でも背景の濃淡で全く違って見えることはよく知られています。大げさに言えば育った環境や、周囲の状況でものの見方が違ってくることと似ています。事実は一つでも違って見えることを理解するには、全体を理解する想像力が必要ですが、偏っていても自説を強力にアピールすることの方が受けが良いのは歴史が証明しています。
posted by 代表 at 16:39| 日常

2022年06月01日

麦秋

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松本周辺では、麦が収穫期に入っています。美しく広がる麦畑を見ると諏訪近辺との景色の違いにびっくりします。標高差は200m〜ですからこの差が麦の生育を分けていることになるのでしょうか?人工的な似たような街並みばかりと違って、やはり農作物が土地ならではの風景を作ります。黄金色の麦畑が諏訪周辺でもとか思ったりしますが、そんなに温暖化が進んだらいろいろ悪影響が起こりますね。麦秋は初夏の季語であることを最近知りました。
posted by 代表 at 14:17| 日常

2022年05月08日

過ぎたるは・・・

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職人であった父は、朝夕の新聞を隅々まで読むのが日課でした。新聞小説もじっくり読んでいました。全部を広げても畳一枚はないであろう新聞紙面が情報源でした。現在の私たちは一日中何らかの情報に囲まれています。半分は理解不能の事象。残りの半分以上に腹を立て、自分を納得させるわずかなことを見つけて安心するといった具合です。なにやら時間の甚だしい無駄遣いをしています。小一時間だけを集中して楽しんでいた父の時代を羨ましいと思ってしまう昨今です。
posted by 代表 at 18:37| 日常

2022年04月30日

重い負担

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大学を出たばかりの都会生活を始める若い人に、年金、国保、奨学金の返済、部屋代を用意するのはどのくらい大変なことだと行政機関は理解しているのでしょうか?自分で何かをしようとするときのハードルの高さに絶望してしまうのではないでしょうか?滞納した時のこういった請求は否応なしですぐにきます。普通は大きな会社や公務員でなければスタートラインに立てないでしょう。人と違った夢を目指す若い人が育ちにくいことは確かです。
posted by 代表 at 18:27| 日常

2022年03月11日

オーバーフロー

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震災時に被害を受けた地元の材料を使って時計を作りましたが、もう11年がたったことの驚きと、それでも静かな余生暮らしを夢見ていたのに、震災、原発事故、未知のウィルス、武力侵略・・・・と、あまりに大きな出来事が続き、息切れしそうに身を沈めるような日々が続くとは。無関心ではいられないのに何ができるわけでもないことが余計に息苦しい。自分の人生ではなく、残された人々の先行きに不安を抱かなければならないことも辛い。何よりも「戦争を知らない」とは言えない現実を過去のどんな時よりも目の当たりにしてしまう時代に直面していることを思い知らされている。
posted by 代表 at 19:18| 日常

2022年02月23日

SOMETHING NEW

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基本は「いいね!」と言われることが嬉しいので、この仕事を続けてきました。最初の頃はそれだけで良かった時代でした。合言葉は「SOMETHING NEW」意味合いの多くはスタイルに関してでした。自然と小技はエスカレートしていきます。その前時代的な方法論は今でも工業デザインといわれる中に生き残っています。しかし今はサスティナブルという考え無しでは表向きはデザインを語れなくなっています。突き詰めると何もしないことが最善ではとも思えてきます。それでも作りだしてきたものをどう片付けていくか?ぐらいは考えようと古い時計の行先に頭を悩ませています。「なんだ、ただの趣味じゃないですか。」と言われてそうですが、まあその通りです。
posted by 代表 at 18:55| 日常